
夕日に染まる三筑小学校と店の前の田んぼ。内容とは全く関係ないのですが。
「今日は皆たくさんワインを飲んだからワインが足りなくなっちゃうよ。
ワインを造りに帰らなきゃ!」
今週開催されたワインの飲み歩きイベントの打ち上げで、イタリアから来た造り手が云った。
日本酒を好きになったのは10年ほど前(この頃は酒屋ではなく編集の仕事をしていました)。
当時は焼酎ブームで日本酒を飲む若者がいないと日本酒蔵の人が嘆いていたのがうそのように、今や日本酒は引く手あまたの熱い存在。
「日本酒が足りないよ! お酒を造りに帰らなきゃ」って時代になった。
おいしく飲んでもらいたい、たのしく飲んでもらいたいという思いで積み重ねてきたものが10年をかけて飲んでいる私たちの心とからだを動かし、おいしい料理があれば日本酒が飲みたいな、と手が伸びるようになった。(今度は焼酎の蔵に課題が与えられている昨今ですが…)。
日本酒造りは人的な大変さはもちろんのこと、設備に驚くほどの費用がかかる。
搾る機械を変える、より清潔にするため壁や床をきれいに張り替える、冷蔵設備を整える…どれか一つだけでも思い切った投資になる。飲み手には関係のないことだけれど、お酒を届ける側にいる私たちはその造り中の苦労や投資という形で現れる蔵元の“覚悟”を知って、さらに背筋が伸びる。だから、銘柄ブランド志向ではなく、蔵の大小に関わらずそれぞれの蔵柄を大切においしいお酒を造れば飲み手が素直に反応して手応えを感じることができる今が、とてもうれしい。